いつの時だったろうか。
私は海の中で出会ったハタタテハゼを、間違ってアケボノハゼと言ってしまい、すぐさまガイドさんに訂正をくらったことがあった。
「アケボノハゼがいたとしたら、海の中でカメラ待ちの行列ができますって。」
先日の仕事関係の飲み会で、そんな話を思い出した。
私が働く建築業界の中で、アケボノハゼと同じように希少価値である存在とはなんだろうか。
それは、「イケメン」だ。
◇
とある関連会社同士のおっさんだらけの飲み会で、イケメンが一人、混入していた。
下町の居酒屋の会場に、 何かの間違いで流れ着いたような季節来遊魚的イケメンが、いた。
なんでも雑誌のモデルもしていた経験があるという、スペシャルでハイクラスのイケメンが突如現れたのだ。
イケメンが一人いるだけで、場の空気が乱れる。
普段は、おっさんにまみれているからこそ、私達女性も脇目も振らず、安心して仕事に没頭できている。
イケメンが見慣れないのは、私達女性だけではない。
おっさん達も同じく、この突然の季節来遊魚の扱いに、完全に浮足立っているようだった。
「イケメンがいると、ほら見て!女性たちの笑顔が違うねえ~」
「さすが、雑誌のモデルさんはそこいらの男とは違うねえ~」
「俺だったら、雑誌じゃなくて新聞載っちゃうからね!目、隠されてさぁ。」
「ほらほらっ!イケメンの隣がいいんじゃないの~?こんなハゲじゃなくてさ!」
「女性達!向かいの席、座って!本日はお日柄も良く、ってかぁぁ!!」
おっさん達、だいぶうるさい。
・・・だから、昭和のおっさんって言われるんだよ。少し黙って。
◇
女性ならば、飲み会の場で、同席の美人を皆で持ち上げるようなことはしない。
それは、心のどこかの「このオンナには負けたくない」という闘争心を消すことはできないからだ。
しかしこのおっさん達は、このイケメンを同じ人間というよりも、まるで違う生命体のように丁重に扱っていた。
ヘソ天になった動物みたいに完全降伏して、皆で意気投合したかのように、イケメンを持ち上げていた。
本当は業者同士の親睦を深める懇親会だったのに、ただイケメンをわっしょい持ち上げる、イケメン祭りみたいになっている。
おっさんとは、不思議な生き物だ。
なぜそこまでして、おっさん達は自虐的に身を呈して、このイケメンに尽くすのか。
◇
ちなみにこのスペシャルでハイクラスのイケメンの正体は、仮設足場会社の営業担当だった。
ちなみに男性の業界と思われる足場関係の営業で、なぜイケメンパワーが必要かというと、マンションで行われる大きなメンテナンス工事では、そこに住まれている奥様軍団の意見も大きく左右するからだ。
そこで生活している奥様達からすると、足場なんてものは邪魔で危険なものでしかない。
しかし、そこにイケメンをぶち込んで足場の必要性や安全性を説明させると、それはまるで足場ではなくて化粧品の営業でもしているかのように、奥様達の反応が明るくにこやかに違い、物事がスムーズに運ぶらしい。
おっさんが説明しても「怪しい」としか思われないことを、イケメンが同じことを言うと、奥様達の納得度が違う、イコール業者の選定にも影響してくる、だからイケメンをフロントに是非!というのが現実なのである。
そうなのだ。
おっさんはおっさんであるが故に、普段から現場で虐げられている。
身の程を知っている現場のおっさん達は、イケメンによるイケメンメリットを、きちんと享受していたのだ。
それが故の、イケメン祭りなのか・・・
私なりに、なんだか納得した。
◇
季節来遊魚は、別名、死滅回遊魚ともいう。
黒潮にのってたまたま流れ着いてしまった熱帯のお魚は、水温が下がるとほとんどが子孫を残すことなく死んでしまうからだ。
しかし最近は、地球温暖化によって死滅することなく越冬してしまう回遊魚も多いと聞く。
今回のイケメンも、彼の人生の中で、たまたま流れ着いてしまった建設業界であろうと察する。
キツイ・キタナイ・キケンと言われてきた建設業界も、女性も働けるようにと、業界をあげて徐々に改善されてきている。
この業界温暖化で、イケメンもなんとかここで生き残ってほしいと思う。
おっさんの敵だと思われがちなイケメンの存在が、実は大勢のおっさん達を間接的に救っているのだから。
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