いろいろ

【会社とはクソである・4月の朝の風景】ブイを乗せて走る通勤快速

私は足の指を完治させるために、謹慎して海に潜らない期間を設定していた。

(足の指の事情はコチラから)

 
 
だいたいそういう時期に限って、疲弊するような仕事にぶち当たるものだ。

とある豪華なマンションの屋上から一室のリビングへ漏水が起きていた。
こういうケースは住んでいる人の一存だけでどうにかできるものではない。

管理組合やらマンションの管理会社やら保険会社やら複数の業者が絡み、責任の所在の追求から長期間たらい回しにされた後の居住者さんの対応を、ぽっと出の私達が任されてしまった。


人の感情が激しくぶつかり合い、メンタルが強い自信のある私でも参ってしまった現場だった。

 
マンションの屋上だけじゃない。
私の心が、しとしと漏水していた。

 

あぁ、海に潜りたい。
海に、潜りたいよぅ。

 




 

ある日の朝、都心へ向かう通勤快速の電車はいつもの通り満員だったが、運よく席には座れていた。

いつものルーティンで、スマホのGooglePhotoのアプリを開く。

沖縄へ行った時の写真、西伊豆で撮ったダイビングの写真、海外で潜ったときの写真。
めちゃキレイだったな。
 
ああ、次はいつ行けるんだろうか、とぼんやり思いを馳せていると、すぐ頭上から若い男性の声が唐突に耳に入ってきた。

 

「あぁ、会社やめてえわ」

「ホントうちの会社、クソだわ」

 

満員の電車内に、そんな会話が響き渡った。

朝の通勤快速は、満員でありながらとても静かだ。
これから戦場へ向かうサラリーマン達が、粛々と鋭気を養っている。

そんな中、自分の会社を大きな声でクソ呼ばわりしているこの男らは、いったいなんなんだ。空気読めよ。
顔を見上げようとスマホから目を離したが、私の視点は途中で止まった。
 
 
なぜなら、彼の社会の窓がフルオープンであったからだ。

 
意気がったセリフとは裏腹に、真新しいスーツのズボンの小窓から控えめな紺色のチェック柄のトランクスの模様が垣間見える。


「これから桜井さんと、お得意さん回りなんだよな〜。マジ一人で行きてーわ。」


いや待て。そのままの状態で取引先に行くな。

 

 

とはいえ、男性のズボンのチャック全開なんて、都会ではよくある風景だ。


同じ会社の男性は、うっかり社会の窓を全開のまま、数社が競う大事なプレゼンで見事勝利を勝ち取った。

その後彼は、オープン高井(仮名)と呼ばれている。



私なんかは、軽い素材のスカートの裾を腰に挟めたまま気がつかずに家から駅までの20分以上を歩いたことがある。

その後、駅前のコンビニのATMでお金を下ろしていた時に、年配のおばさまが「あなたスカート大変よ」とこっそり声を掛けてくれたので気がついた。


途中、工事現場のオッサン達の熱い視線をやたらと感じるなと思っていたが、それは結局そういうことだった。納得だ。

若い頃なら恥ずかしすぎてしばらく寝込んでしまいたくなる程の出来事だが、都会で揉まれているうちに身についたハガネメンタルで、これくらいのことはご飯を食べればすぐに忘れるようになった。

 



「てかさー、ホントうちの会社クソだから。引越しのダンボール、片付ける暇もないわ」

「そういえば引越しのダンボール、どこで手に入れた?」

「え、西友か業務スーパー。俺の台所だから」

会社がクソな若者は、意外と堅実だった。

 

二人は、この4月に入社したての新入社員同士だった。

入社して早速毎日お得意様周りの残業続きで不満タラタラ、慣れない一人暮らしを西友と業務スーパーに応援してもらいながら、週末はヨドバシに行きあれこれ物色するのが唯一の楽しみ、という生活スタイルが垣間見えた。





ふとズボンの全開チャックより視線を少し上げると、フルオープンの窓の上にベルトに乗っかった、若さの感じられない丸いお腹が見えた。


ズボンのチャックだけでなく、シャツのボタンも2つはち切れて開いていた。既に公共の場所にいていい格好じゃない(笑)



一方、会社がクソな若者の同僚は、彼とは正反対でひ弱な印象であった。

 
「あ、そうだ忘れてた。大事なこと。」

 
と、カバンからごそごそと使い捨てカイロを取り出し、周囲を気にせずYシャツを捲り上げ、お腹にペタンと貼った。


「寒いわけじゃないよ。これがあるとストッパが効かない時のお守りになるから。」


どうやら入社してからストレスでお腹を壊しがちで、寒くない時期になっても使い捨てカイロが手放せないらしい。まるで女子のようだ。大丈夫か。




若者達の会社は、確かにクソなのかもしれない。
この二人を雇ってる時点で、結構な負債を抱えてる。


私は中華丼のうずらの卵は最後まで残したいタイプだから、つい顔をみてしまいたい気持ちを抑えて、彼らの会話から背景にある何かを想像して点と線を繋いでいこうとしていた。

 




新宿に電車が到着した。あれ、早かったな。
その二人が電車を降りようとしている。


あ、ちょっと待って!
会社がクソだと言っていた若者の顔を、おもむろに見上げた。


ブイだ。まさにブイだ。

一気に舞台が海に戻された。



いつの時だっただろうか。

まだ、ボートダイビングの瞬間が死刑執行だと思っていた時のことだ。

ボートから突き落とされて(実際は違うが被害者意識がそう思わせていた)命からがら泳いで潜行するロープの目印のブイに両手でしがみついた。

その瞬間、ブイは私の腕を拒絶するかのようにするっと一瞬沈み、スポン!と離れた場所に軽く飛んでいってしまった。

私は急に力点を失って横向きにゴボっと沈んでしまい、体勢を立て直すために慌てる。
もーーーひどい!みんな、ひどい!!



そんな、苦々しい思い出がふと頭をよぎった。




電車を降りる彼は、まさに「一度沈んで浮いたブイ」のように見えた。

体型がそう連想させているのだが、なぜ一度沈んで、かというとそれは垂直浮上したかのようなペッタリとしたヘアスタイルの仕業だった。



ああ、私、病んでるな。



どんなことも海に終着点を持っていってしまうんだから、これは病気なんだと思った。






会社がクソな彼は、あちこち開けっ放しで桜井先輩とお得意様のところへいったのだろうか。

そして桜井先輩に叱責されて、また明日の通勤快速で「会社はクソである」のシュプレヒコールを更に声高らかにあげているのかもしれない。

 
そんな彼も今はまだまだ未熟であっても、何度沈められても必ず浮いてくるブイのように、強くこの都会で生き抜いて欲しいと願うばかりである。

 



少しだけ、憂鬱な現場への足取りが軽くなったことに気がついた。
今日でこの現場もうまくいけば最終日。

無事に終わったら、ランチは豪華に海鮮丼でお祝いしようと決めて、私は電車を降りた。

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